父の一周忌。

父が亡くなってちょうど1年。また今日も1日暑くなるぞ…と覚悟するような夜明けを迎える午前4時。ガン闘病1年半で父は他界しました。ガンは十二指腸乳頭がん(梅宮辰夫さんと一緒)から半年で肺に転移。死因は転移性肺がんでした。

もう私も57歳、友人と集まれば、親の介護や看取りや痴呆症になったら…なんてそんな話ばっかりで。でももう私達の親の年齢は80代を超えている人も多く、当然やんな。今までいろんな人の最期を見てきたけど、自分の親だけはまだまだと思っていた。だって父は83歳で老眼もなく、全部自分の歯で、今まで大きな病気もせず、母と2人元気に気楽に過ごしてたから。そしてまさかガンで逝くとは…ガン家系でもなかったのに。

親って、私の今の年齢になってもまだまだ元気でいてくれるはず!そう思ってのほほんと生きてきました。

黄疸で初めて気が付いた父の異変。まさか父がガンになるとは。

今のがんの告知は本人の目の前で医師がさらっというんですね。びっくりしました。その時の父の気持ちを思うと可哀そうでなりません。

もうちょっと生きたい。生きるためにはどうしたら。と先生に聞いた父。

結局摘出手術をして患部は取れたんですが、やはり転移という最悪の結果が半年後に判明しました。

そしてその時に「余命は」と父が聞きました。

「先生お願いします、うそでもいいから長く言ってあげて。希望を持たせてあげて。」と祈りましたが、先生の口から「あと半年です」

抗がん剤選択もありましたが、もう延命治療はしないと決めていたようで、残りの日々は家でという事になりました。

覚悟を決める…これほどしんどいことやとは‥。あっ1か月過ぎた、もう3か月やん。まだ元気やん、大丈夫。

ごはん食べへんな、なんで?

しんどい?トイレ自分でできへんなった?もう緩和病院にいこか?

大きな手術にも耐えて、せん妄にも打ち勝って、老人のがんは進行が遅いと聞いたこともあるし、まだまだ大丈夫と思ってたし、大好きな自転車で買い物にもいって、料理もしてたし、まさか先生のいった通りの余命半年できっちり亡くなるなんて夢にも思いませんでした。

最後に病院にいった日、検査結果を待つまで時間があったので、父とお昼ご飯を買って、病院の外の綺麗な庭のベンチで2人腰かけて食べながら私は父にいいました。

「なぁお父さん、あの世で私を見てて、もう私が、あかん、このまま生きてたら子供達の迷惑になる、と思ったらお父さんが私を迎えにきてな。絶対約束してや」

と、半分冗談で半分本気で。そしたら父は「よっしゃよっしゃ」と笑ってました。

お父さん。

もう一度呼んでみたいな。

「なんや」といつも返事をしてくれた父。

母は大丈夫。大丈夫やから気にせずに。あたしとの約束わすれんといてや。な、おとうさん。

今頃、「コロナで大変やなぁ」と気にしててくれてるかな?

素敵なご臨終

フッと見つけたこの本で、心から私は救われました。何回も何回も読んで、最期はココロの底からありがとうといって見送ることができました。看取るという事の神髄がこの本には書かれています。

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この記事を書いた人

はじめまして。ちゃまと申します。
忍び寄る老いから必死に逃げる56歳アラフィフ女子です。
大阪生まれの大阪育ち、バリバリの大阪のおばちゃんです。
私は自分の身に起こったマイナスな事をすべてプラス思考に変換できるココロをもっています。

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